June 27, 2013

【BLOGNOYOHAKU】Whatever is,is reasonable.

BIG SUR 184
『幸せってなんなんでしょうね?』
って言葉から長い長い会話が始まったような気がする。

自分と重ね合わせていたのだろう。
イベントの打ち上げだったが、登壇者の方たちとの会話を放棄して話し続けた。
いろいろ話を聞いた挙句、
『努力が足りないんとちゃうの?まだ出来る事があるんちゃうの?』
と編集長であり、経営者である男に答えた。
きつい口調で言っていなかったからか、彼は素直に納得してくれたようだった。

(写真は先月訪れたHENRY MILLER MEMORIAL LIBRALY 。特に意味はないのですが、いつかこんな空間をつくりたくて…)

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ある程度自分のやっている事には自信がある。
実際そこそこ売れているのかもしれないし、
売れている、支持されていると感じた時期があったのかもしれない。
が、所詮ある程度であり、そこそこなのだ。(そう考えた方がいい)

厄介なことに少し売れてくると他人が賞賛する
(心からの賞賛かどうかは別にして)。
自分自身は何も偉そうにしているつもりはないのだが、やはり知らず知らずのうちに少し偉くなっていくようだ。
そうすると面と向かって叱ってくれる人がいなくなる。
心地のいい言葉や当たり障りのない言葉しか聞こえてこなくなる。
私にも覚えがある。
ちょうど彼と同じくらいの年齢だ。
自分自身は決して偉そうにしていないし、むしろ天狗になってはいけないと気を付けていたくらいだ。
でもやっぱり罠にはまっていたという感じか…。

自分が気に入らないモノが売れたり、気に入らないコトが受けたりすることがあるが、それが起きたことについては理由がある。
納得できないことにも理由がある。
そしてどんなことからも学べる。
いやそこから学ぶしかない。
理由はどうあれ人が支持しているということは素晴らしい事なのだ。

従って満足いく結果が得られないということは、まだ足りないということである。
他と比べるとその努力は賞賛されるものかもしれないが、
有り体に言えば、もっと頑張れということである。
まだまだ出来る事があるということだ。
もっと振り切らないといけない。

『現実を視よ』(PHP刊)に
Whatever is,is reasonable.
起こっていることは、すべて正しい。

とある。

現実を視よ

著者は柳井正。
私は彼がつくるものを購入しなくなって久しいが、この本は読んで損はないように思う。

生半可であったりちょっとやそっとの努力では伝わらない。
そもそも一般的に誰にでも受けるようなモノをつくっている訳ではないだろう。
でもそれがなければ世の中がつまらないものになってしまう、彼はそんなものをつくっているのだ。
大儲けなんて、はなから望めないし、望んでいない。
だけどなんとか継続的にやっていけるだけのご褒美は頂きたい。
ただそれを願っているし、そのためにさらに努力しないといけない。
全ては自分に起因している。


彼へのエールのつもりで書き始めたのだが、スタンダードブックストアも同じかもしれない。
私は一般受けしないものをつくろうなんて考えていないのだが…
まだまだ精進せねばならない。
勝手に仲間だと思っている彼とともに、自分たちが信じることをやり通したいと思っている。



そういえば『HUgE 2013.02月号 本屋特集』にこんな文章を寄稿していた。
本屋は目一杯人間臭いところだ!!

これまでと全く違うタイプの本屋がやりたかった。よくある本屋の照明、什器等店内環境が好きになれなかった。何度かアメリカで視察した落ち着いた雰囲気で、ゆったりした空気が流れ、店内の本を自由に読めるカフェ併設書店の残像が頭から離れなかったのと雑貨が好きだったので、単純にくっ付けて『スタンダードブックストア』を始めた。何故やろうと考えたのかと問われると、『自分たちが行きたくなる本屋をやりたかったから』と答えるしかない。これまで長年やってきた本屋に満足できなかった。立地の良い百貨店内で本屋をやっていて、人も羨むほど繁盛していたが、縮小移転した時にお客からは、残念がる声はあまり聞こえなかったように思う。結構ショックだったかもしれない。月に一億円売っても(たった120坪で、営業時間も19時半迄で)、どれだけお客を集めても、百貨店からほとんど褒められたことはなかった。朝早くから毎日毎日数百個の荷物を捌いた日々は何だったのだろう?大して誰も喜んでいなかったのだ。自分が売りたいものだけを揃えて、人に喜ばれる店をやりたい。ギリギリでいいから成立するだけのお客に支えられたい。何らかの理由で店を辞める時に、『辞めないで欲しい。お前の店が無ければどうすればいいんだ?』と言われるような店をやりたい。そんな大それたことをどこかで思っていた。思えばあの店は百貨店の書籍売場であって、本屋ではなかった気がする。本を並べただけで本屋とは言えない。あまりにも繁盛していたのと百貨店独自の仕事も煩雑で、私たちにはゆとりが無かった。確かに本は売れていたが、お客も楽しい買い物が出来ていなかったはずだ。好立地ゆえに効率とやらを求められていた。POSデータを使いこなした気になって、売れ筋を置いていた。要はどこにでも置いている本じゃないか。POSデータの使い方を間違っていないか?効率って何だ?誰のため?お客のためではないのか?店側の都合ばかりじゃないのか?同じような店が全国どこにでもあるのが効率?それって、気持ち悪くない?どこでも同じものをどうぞお買い求めくださいとお膳立てされているのは不健全じゃないのか?本屋こそ、そこから自由にならなくてはならない。目的もなくふらっと入れて、立読みでき自由に時間を潰せて、何も買わなくても罪の意識もなく出て行ける店。こんな店は他にはない。だから思いがけない出会いがある。出会いを創出するのが面白いのではないか?私見だが本屋は万屋になればいい。百貨店やイオンも元々は呉服屋だし、ダイエーは薬屋だった。業態を変えるということだ。本という素晴らしい商材を中心にしてモノでもコトでも何でも売ればいい。今後はイベントも含め企画力が問われ、本屋と出版社の境目が曖昧になっていくような気がする。紙の本が減っていくなら、商材を変えるか自分で作るしかない。大部数が見込めず陽の目を見ない出版企画も少部数なら成立するかもしれない。マスマーケットを狙わず価格が高くても買ってくれる読者はいるはずだし、本を売るのは本屋に限らなくていい。価値観を同じくする店のネットワークを作り、部数をまとめるのはどうだろう。物流その他は後から考えればいい。まずは何をしたいかが重要だ。本屋はもっと他ジャンルの人間と付き合い、お互いに越境し合うことが必要だ。私どもはカフェでのイベント開催で様々な人と出会ったし、ご参加頂いた方々も出会うことができただろう。インターネットが普及すればするほど、人と直に触れることが重要になる。リアル店舗(嫌な言い方だが)はそれを大事にするしかない。本屋は情報発信基地というより、情報が集まる場になるべきだ。本屋にええかっこは不要、気軽さが一番。人が人間らしさ、自分らしさを取り戻す場、堅苦しくないオルタナティブな空間が街には必要だろう。本屋が街づくりの中心になるなんて豊かなんじゃないかな。


何となくこの曲


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