July 16, 2012

【EVENT】 新潮社 present ! 柴田元幸さん朗読会

昨年に開催した朗読会の
最後の朗読は、

COYOTE
『Coyote』 No.24
特集:千年の茶の道しるべ 茶の終着点を求め、京都を往く

に掲載されております

■speech ポール・オースター「君に物語を語りたい」
                       訳=柴田元幸
でした。

「どうしてこんなことをしているのか、自分でもわからない。わかっていたら、たぶんそうしたいという欲求も感じないだろう。私に言えるのはただ、そしてこれは絶対の確信をもって言えるが、とにかく思春期のはじまり以来ずっとこの欲求を感じてきたということだけだ。書きたいという欲求、とりわけ物語を、現実世界と呼べる場で起こったことのない架空の物語を語りたいという欲求。たしかに、奇妙な生き方である。ペンを手に一人で部屋にこもり、何時間も何日も何年も、紙の上に言葉を書きつけて、自分の頭のなか以外には存在しないものを生み出そうとあがく。誰であれ、なんだってそんなことをしたがるのか?私にこれまで思いつけた答えはただひとつ、そうするしかないから、選択の余地はないから。
 作りたい、創造したい、発明したいという欲求は、間違いなく人間の根源的欲求である。でもそれが何の役に立つのか?芸術は、特にフィクションという芸術は、現実世界と呼ばれる場においていかなる効用があるのか?私にはひとつも思いつかない ― 少なくとも実際的な意味では。書物のおかげで飢えた子の腹に食べ物が入ったことはない。書物のおかげで弾丸が犠牲者の体に入るのが食いとめられたことはない。書物のおかげで、戦争のさなか、罪のない一般人たちに爆弾が落ちるのが妨げられたことはない。
 芸術を深く味わうことによって、我々はよりよい人間になるのだと考えたがる人もいる。芸術をたしなむことで、人はより公正で、道義心がある、繊細で、人の心を解する人間になれるのだ、と。たしかに、ごくまれな例外的事例においてはその通りかもしれない。だが、ヒトラーが芸術家として人生をはじめたことを忘れないようにしよう。暴君や独裁者も小説を読む。彼らが我々みなと同じ楽しみを書物から得ていないなどと誰に言えよう?
 言いかえれば、芸術とは無用なものなのだ ― 少なくとも、配管工や医者や鉄道技師の仕事と較べたら。でも無用であるのは、悪いことだろうか?実際的な効用がないということは、書物や絵画や弦楽四重奏は時間の無駄ということなのだろうか?そう思っている人も大勢いる。だが私は言いたい。そのように芸術が無用であるからこそ、人間はこの惑星に住むほかのいかなる生物とも違った存在になっている。芸術の無用さこそ、人間を人間にしているのだ。
 何かを、それを行なうことの純粋な楽しさと美しさのために行なうこと。そこで必要とされる努力の大きさを考えてほしい。一流のピアニストやダンサーになるための、膨大な練習時間と自己統制。さんざん苦しみ、頑張り、多くのものを犠牲にするのも、何かまったく、見事なまでに無用なことをなし遂げるためなのだ。
 けれども、フィクションはほかの芸術とはやや違った領域に属している。その媒体は言語であって、言語とは我々が他人と共有するもの、我々みなに共通しているものである。喋ることを覚えた瞬間から、人は物語への欲求を育む。子供のころを思い出せる人は、ベッドタイム・ストーリーの瞬間を、母か父が薄暗いなかで枕元に座っておとぎばなしを読んでくれた時間を自分がどれだけ貪欲に味わったかを覚えているだろう。
 現在親として子育てをしている人は、本を読んでやるときに子供の目に浮かぶ夢中な表情を訳なく思い起こせるだろう。なぜかくも熱心に、おはなしを聞きたがるのか?おとぎばなしはしばしば残酷であり暴力的であり、人が首を切られたり食べられたりするし、グロテスクな変身や邪悪な魔法に満ちている。こんな素材は幼い子には恐ろしすぎるのではと思いたくなるが、そうではない。子供はこれらの物語を通して、完璧に安全な、保護された環境のなかで、自分の恐怖や内なる苦悩と向きあうことができる。そこに物語の魔法がある。たとえ我々を地獄の底に引きずりおろしても、最終的には我々を傷つけはしないのだ。
 人は齢をとっても変わらない。より洗練されはしても、奥深いところでは若いころと似たままであり、次のおはなし、その次の、そのまた次のおはなしを聞きたがっている。もう何年も前から、西洋のどこの国でも、本を読む人間がどんどん減っていることを嘆く文章、世は 「ポスト文字時代」 に入ったと説く文章が新聞雑誌に掲載されてきた。たしかにその通りかもしれない。が、だからといって、物語を欲する普遍的要求が減じているわけではない。
 結局のところ、小説は物語の唯一の源ではない。映画もテレビも、さらには漫画も膨大な量の物語を次々紡ぎ出しているし、大衆はそれらを貪欲に貪りつづけている。それは人間が物語を必要としているからだ。食べ物とほとんど同じくらい切実に必要としているからだ。紙の上、テレビ画面、物語がどのように提示されようと、とにかく物語なしの生活など想像不可能だ。
 それでも、小説の現状、小説の未来に関して、私は結構楽観的である。本に関して、数を問題にしてもはじまらない。いるのは一人の読者だけだからだ。一回一回そのたびに、ただ一人の読者がいるだけだ。小説だけが持つ不思議な力もそれで説明がつく。だから小説という形態は、いつまでも死なないと私は思う。全ての小説は作者と読者との平等な合作である。それは世界で唯一、二人のまったく知らない同士が、何の邪魔も入らぬ親密さで出会うことができる場だ。
 私はこれまで、会ったこともない人々、いつまでも会うことのないであろう人々との会話に生涯を費やしてきた。これからもずっと、呼吸が止まるまで続けていきたいと思う。
これだけが唯一、私がやりたかった仕事なのだ。」
 

これは、2006年秋にポール・オースターの世界的な功績が認められ、ヨーロッパで名高いスペイン皇太子賞文学部門賞を受賞した際に文学の役割や自身の創作に対する思いを書き下ろした「I want to tell you a story」と名づけられた受賞の言葉。
これを読み終えて朗読会がスッと終了するという非常に素敵なエンディングでした。


今回は、プロジェクターを使う予定があること、
ここでなければ体験できないまだ書籍化されていない作品の朗読、
などもあるかもです。


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